2002年3月9日
弁護士 大 脇 美 保
(はじめに)
ヒト由来製品の安全性確保については、中央薬事審議会バイオテクノロジー特別部会の「細胞・組織利用医薬品等の取扱い及び使用に関する基本的考え方」(平成12年12月)に基づき、平成13年4月1日施行された関係省令(製造管理、品質管理規則)の改正及び「細胞組織医薬品及び細胞組織医療用具に関する規準」の新設がなされているが、さらに、今国会で生物由来製品安全確保に向けての法的整備が行われる予定である。しかし、なお多くの点で不十分さを残していると思われるので、以下指摘する。
生物由来製品の分類については、リスクに応じて、適正になされなければならない。
(理由)
改正薬事法においては、生物由来製品について、「特定生物由来製品」「その他の生物由来製品」に分類しているが、例えば、遺伝子組み換え製品や細胞培養医薬品等について、「その他」に分類して、「特段の措置」が必要とされず遡及調査のための記録の作成、保存を義務付けていないが問題である。また、そもそも「保健衛生上特別の注意」が必要とされない生物由来製品が存在するのかどうか、という問題がある。
この指定、分類は、厚生労働大臣が指定することになっているが、なんらの基準もなく、適正な指定、分類ができるかどうかが問題である。
製造管理者、市販後管理責任者等の資格、人数、義務等について、薬事法上に明文の規定を設けるとともに、その管理状況について、行政に対する報告、監査制度、違反に対する制裁等の規定を盛り込んで、その安全確保の徹底を図るべきである。
(理由)
現行規則では、「責任技術者」が、ドナー選択のチェック、記録保管さらには苦情処理までを含む多種多様な業務について責任を負っている。また、薬事法改正の方向も、しかし、この「責任技術者」については、資格、人数等について何ら規定されておらず、実際に責任ある有効な安全性確保対策が期待できない。
また、改正薬事法においては、「製造管理者」「品質管理責任者」「製造管理責任者」「市販後安全管理責任者」が置かれる予定であるが、いずれも資格、人数等規定されていない。また、アウトソーシングの完全自由化も行われる予定であり、管理が徹底されるかさらに疑問である。
薬害ヤコブ訴訟においては、ヒト由来製品であるヒト乾燥硬膜「ライオデュラ」を輸入販売していた被告ビー・エス・エスは、責任技術者をおいていたものの、電気関係の技術者であり、ヒト由来製品についてなんら有効な管理が行われていなかった事実が明らかになった。
このような状況を改善するためには、規則ではなく薬事法自体により規定すべきことが必要であり、また、実際に製造管理者・責任者による管理が行われているかどうかについての、チェックシステムがないので、行政への報告、監査制度及び違反に対する制裁の規定が不可欠である。
ドナーの特定、ドナー・セレクション、ルック・バック体制(ドナー記録の保存)については、規則ではなく薬事法に明文の規定をもうけ、その違反については制裁を盛り込むべきである。また、ドナーの特定、ドナー・セレクションを徹底するためにも、提供者の同意を組織採取の要件にし、採取する施設を医療機関に限定すべきである。
(理由)
薬害ヤコブ訴訟においては、原因となったヒト乾燥硬膜「ライオデュラ」は、1987年まではヤコブ病患者をドナーから排除しておらず、また、1987年以降についても、排除基準としては存在していながら、実際には、病院の解剖助手からの闇売買などで硬膜を入手しており、ドナーの特定すら行われていなかったという驚くべき事実が明らかになった。
ドナー選択を確実に行うためには、規則ではなく薬事法自体に規定するのはもちろんのこと、違反については、承認取消等の厳しい制裁を規定すべきである。また、確実にドナーを特定して選別するために、ドナーの同意を組織採取の要件にして、採取する医療機関もドナー選択のための検査などを確実に行うことが可能な医療機関に限定する必要がある。
ヒト由来製品の記録の保管期間については、遅発性の感染症を考慮して永久保存とする必要がある。
(理由)
現行規則においては、ヒト由来製品については、ドナーの記録の保管期間は、製品の有効期間プラス10年間とされている。
薬害ヤコブ病においては、硬膜の移植から10年以上経過して発症する例も多く、10年のみ保管ではドナーが特定できないことになる。
複数のドナーから採取した組織細胞を使用して製品を製造する場合には、混合処理・プーリングは禁止すべきである。
(理由)
現行規則においては、「混同および交叉汚染を防止するために必要な処置を講ずること」とのみ規定されている。
薬害ヤコブ訴訟においては、ヒト乾燥硬膜「ライオデュラ」の製造業者であるビー・ブラウン社は、数百枚の硬膜を単一の容器で処理し、このため、ヤコブ病の感染は一挙に拡大した。
このため、現行規則のような抽象的な規定をせず、薬事法自体で混合処理を明確に禁止するべきである。