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調剤の安全性を確保するために

2001/04/04
藤竿伊知郎

 薬剤師の調剤業務が安全にできるようにみなさんのところでも、日々苦労されていることと思います。日本薬剤師会も、日薬誌の4月号別冊として「調剤事故防止マニュアル」を会員に届けました。かなりの力作です。総合的な対策としては、その資料をお読み下さい。

 日薬の会員向けサイトにpdfファイルが掲載されています。自分のところで利用するために再加工するのも容易ですので、独自版のマニュアルを整備するのに役立ちます。

 この資料は、流山市薬剤師会で昨年暮れに研修会を行ったときのレジュメを整理した物です。みなさんにも、情報提供していきたいと思います。
 日薬のマニュアルとは違って、絞り込んだ研修資料となっています。ホームページへの公開にあたって修正をおこなっています。

1. リスクマネジメントとは

 今まで、事故は絶対起こしてはならないと教育されてきましたが、人間が行うことであるからには事故は避けられず、患者が被る被害を最小にすることが重要です。

 医療で発生するリスクを低減することが管理目標になります。リスクは、事故の重さだけでなく、発生頻度を考慮して合理的な対策を立てる必要があります。

 [リスク] = [おきた場合の被害の重さ] × [事故の発生頻度]

 減少できるリスクと、必要なコストとの最適なバランスをとるのが管理者の役割になります。

 精神論ではなく科学的対応が大切です。縁起でもないと考えずに、起きたらどうするかの対策も準備しておくことが、被害の拡大を防ぎます。

 現在報道されているのは、初歩的なミスが中心です。初歩的なミスは、少ない労力で防止できます。本当に怖いのは、一生懸命に仕事をしていても避けられずに発生する事故です。近い将来、より高度の管理水準が求められる時代がきます。

 直接責任と監督責任の両方が問われる時代。民事責任と、刑事責任の両方が問われます。調剤ミスでは、薬剤師は業務上過失傷害が問われ、薬局は業務停止処分を受けることがあります。

 今の日本では、犯人探しを中心に警察やマスコミが動きます。調剤事故の防止をはかるには、薬剤師集団が防止技術の蓄積と分析をはかり、業務にたずさわるすべての薬剤師にその教訓を学習していくことが大切です。そのためには、個人責任の追及でなく、事故の原因を探るために原因志向で今起きている問題を正確に情報収集することが重要です。アメリカであるような免責証言が認められればよいのにと思うこともあります。

 調剤事故もヒューマンファクターが大きく関与しています。「第2回患者の安全に関するセミナー」(2000年9月2日,日医会館大講堂)の報道にあった、「根本原因調査によって、医療事故の28%が人的要因(ヒューマンファクター)であり、それは医療従事者間のコミュニケーション不足であることを知った。」ジョアンヌ・ターンブル(全米患者安全基金理事長)との指摘は重要です。

 処方医、患者、同僚薬剤師の薬物療法チーム構成員同士での意思疎通の失敗は、事故につながります。一方、患者を含めて情報が十分に共有できていれば、ミスが発生しても発見する機会がもてます。

 リスクマネジメントのポイントをまとめると以下のようになります。

  1. 過誤は必ず起きる人間に間違いはつきもの、機械はいつか故障する。
  2. 原因の解明と理解事故の事例に学ぶ。
  3. ミスを減らすシステム間違えても安全サイドに動くシステム。フェールセーフ。
  4. 事故発生時の対応患者の権利を守る。
  5. クレーマー対策薬剤師が自分を守る。

2. 重点管理

 三輪弁護士の講義(千葉県薬剤師会研修会、11/19)から、損害賠償請求の判例を元にしている重要事例を紹介します。必要なことは、「限られた能力を有効に使う。すべてに注意は、全く注意していないことと同じ。メリハリをつけて点検をおこなう。」と強調されました。

 重点的なチェックの対象は、「不可逆・重篤」な障害を起こすもの、

a. 医薬品

 マイナートランキライザーの方が呼吸抑制による脳障害など不可逆的な障害を残し危険性は高い。メジャーは、被害が厳しいように見えるが、可逆的な中毒症状。 メプチン・ミニを処方された喘息の小児患者にミケランを出した名大病院の事故。形態が似ている逆の薬効のものが出された重大な事故。

b. 疾病

c. 患者

同じ障害でも、賠償額が引きあがる。


以下は、注意を要する薬剤などを、私たちの職員向け研修資料から関連部分のみ抜粋しました。

2.1 薬理効果が過剰になると問題な薬効群

  1. 血糖降下剤
  2. 抗不整脈剤
  3. 強心薬
  4. 血液凝固防止薬
  5. 向精神薬
  6. 抗喘息薬
  7. 筋弛緩剤
  8. 抗ガン剤

2.2 投与量の幅が大きいもの

 投与量に10倍以上の個人差があり、処方せんだけでは判定できない。

  1. 向精神薬
  2. 小児科の薬

2.3 規格単位の種類が多いもの

  1. インスリン
  2. 循環器用薬
  3. 向精神薬

2.4 過敏症が心配なもの

  1. 抗生物質
  2. 喘息を誘発するもの
  3. その患者にアナフィラキシーの前歴がある薬剤

2.5 注意を要する患者

  1. 小児
  2. 透析患者

2.6 事故の起きやすい時

 ベテラン薬剤師でも間違えることはある。以下の時には、とりわけ慎重に。

2.7 勘違いしやすい薬

  1. 薬効が似ているもの同士薬剤師ならではの間違い。逆に、薬効が反対のもの同士が気になって間違えることがある。
  2. メーカーが同じ製品パッケージや、シートが似ているので、取り違える。
  3. 名前が似ているもの同士初歩的なミスだが、処方せんを読み違えておきる。
  4. 一度間違えたもの苦手意識ができると、繰り返し間違えやすい。

3. 責任の取り方

 事故発生後の対応ポイントを示します。

3.1 事故発生時の対応

  1. 事実の確認
  2. 証拠の保全
  3. 責任者などへの連絡
  4. 被害者への謝罪
  5. 事後処理を共同できる代理人の選定
  6. 保険の利用や示談処理

3.2 クレーム処理

  1. こちらでミスを見つけた場合でも、隠さずに伝える。
  2. クレーム対応はまず話を聞くこと。
  3. 誠意を示して謝罪すれば、もつれることはない。
  4. 人格障害がある悪質クレーマー対応は別。


4. 事故を予防するために

 事故がおきる前提での対策を強調しましたが、望ましいのは、事故発生を予防することです。インシデントレポートを集めることは重要ですが、報告を書くこと・分析することは、結構な労力を要します。報告を集めることだけで疲れ果て、活用できていない例もよく見受けます。期間を設定してキャンペーン的に実施することも必要です。

4.1 学習

4.2 処方医との連携

4.3 患者との信頼関係を作る

4.4 ミス回避の方策

1. 患者を治療チームの一員とする
服用前の最終チェック者は、患者・介護者。(資料参照)
2. ダブルチェック
一人薬剤師でも、時間差をおいて点検。渡した後でも、時間のあるときに再度見直す。
3. チームプレー
不安な処方は、処方医に照会。それでも納得のいかない場合は、他の薬剤師に聞く。
4. 業務の標準化
マニュアル。小児薬用量表。装置瓶の補充方法。散剤の調剤監査。処方せんの備考欄に記録を残す。薬歴の活用。調剤を中断するときの方法。
5. 構造設備の改善
薬効別配列(万能ではない)。
6. 勤務状況の改善
長時間勤務時の休憩。

【 参考となる資料 】

 一般に入手できる資料です。

  1. 「調剤事故防止マニュアル」、日本薬剤師会雑誌、2001年4月号別冊
  2. 福岡県立病院における 調剤過誤防止マニュアル http://www.pref.fukuoka.jp/hoken/00f100101.htm(残念ながら、リンク切れです。2003年3月時点のアーカイブは、http://web.archive.org/web/20030311054736/http://www.pref.fukuoka.jp/hoken/00f100101.htm
  3. 調剤過誤防止の手引き、福岡民医連薬剤師部会(1985) http://www.mutugoro.or.jp/~k-maeha/11.htm (残念ながら、リンク切れです。2002年1月時点のアーカイブは、http://web.archive.org/web/20010124091300/http://www.mutugoro.or.jp/~k-maeha/11.htm
  4. ゆりかごのある部屋、その中にある薬剤師の部屋 http://www.asahi-net.or.jp/~dp8t-wtnb/index.htm
  5. 医薬分業のすすめ、よしだ小児科クリニック 吉田 均 http://www2.nsknet.or.jp/~s-yoshi/index.htm
  6. 薬剤師生涯教育テキスト12、日本薬剤師研修センター

【資料】

 安全確保についてよくまとめられた資料として、吉田均先生のホームページの中からhttp://www2.nsknet.or.jp/~s-yoshi/misu.htm を紹介します。ご一読下さい。

薬のミス〜医療の安全性のピットフォール〜
人は思いがけないところでミスをするものです。医者、薬剤師、看護婦・・・いずれも全知全能の神ではありません。むしろ、人は間違いをするものだという前提に立って職務を遂行すべきでしょう。このページに集められた、あるいは集められるはずの失敗例は貴重な“宝物”です。読まれた方はそこから多くの教訓を読みとることでしょう。そして各自の医療現場で事故を未然に防ぐ手だてになるはずです。ミスを公開することはとても勇気がいります。このページに失敗事例を送っていただいた方に感謝と敬意を表します。読者の方は一応義務として『起こってしまった事故は“かけがえのない宝物”』をお読みの上、“宝物”を一つお送りください。お待ちしております。(99/3/3)

● 新聞報道事例集

 医療事故の事例については、実際の事例が紹介されず、不正確な伝聞での講習が多くあります。また、きちんと分析されていないことも問題です。そこで、報道されている資料を収集して、事故予防の教材とすることをめざして資料を作成しました。

 薬剤師が関係した医療過誤事故の事例をネットで検索しました。
 朝日ネットで朝日新聞を、G−Searchで毎日新聞・読売新聞のデータベース(1987年以降)を検索しました。また、インターネットのサーチエンジンでも調べました。
 キーワードとして、薬剤師を含み、調剤・ミス・誤・入院などのどれかを含むデータを抽出し、その中から有用な事例を抜粋しました。同じ内容を報道していて、記事内容が不十分なものは割愛しました。

 圧倒的に2000年後半の報道が多くみられます。研修会などで紹介される有名な事件でも新聞記事データベースに入っていないことが多いのには驚きます。
 一般の人も入手できる資料の中で、医療関係者の過誤がどのように見られているのかが、文面の中に見ることができます。

 川崎の事件では、毎日新聞が熱心に報道をしていました。朝日新聞だけ読んでいたので気づきませんでしたが、地元では事故の関係者にとって、かなりのプレッシャーとなっていたのではないでしょうか。

 個人責任が追及されるようになっていることを感じます。再発防止に向けての問題提起は解説記事には見られますが、事件報道は責任者探しの傾向が強く見られます。

** タイトルだけ紹介します。

  1. 山梨の男性、ホウ酸飲んで急死 病院ミス、薬袋に用法なし (1989/04/20)[朝日新聞社]89/04/20 東京朝刊 30 頁 2社面 T890420M30--06
  2. 違う薬渡し、一時意識不明 皮膚科患者に神経科の薬 日本調剤 (1996/04/
    1. [朝日新聞社]96/04/04 東京夕刊 17 頁 1社面 T960404E17--02
  3. 抗がん剤、10倍誤投与で70歳男性が死亡 倉敷の病院 (1997/03/06)[朝日新聞社]97/03/06 東京夕刊 20 頁 2社面 T970306E20--02
  4. 調剤ミスの薬服用、死亡 玉村町の女性遺族、製薬会社を提訴/群馬 (1999/08/03)[朝日新聞社]99/08/03 東京朝刊 地方版 群馬A面 T990803MGMA-05
  5. 東京医科歯科大病院で医療ミス 入院患者がこん睡状態に (2000/06/02)[朝日新聞社] 2000.06.02(21:52) asahi.com
  6. チェック体制機能せず ずさんな薬剤管理−−横浜市大病院・消毒薬誤飲 /神奈川 (2000/07/04)[毎日新聞社] 2000.07.04 地方版/神奈川 (全619字)
  7. 県立十日町病院 便秘患者に塩化ナトリウム 薬剤師が処方誤る=新潟 (2000/08/22)[読売新聞社] 2000.08.22 東京朝刊 32頁 (全643字)
  8. 三好病院が処方ミス、男性入院 10倍の発作抑制剤 (2000/09/08)[徳島新聞] 2000/09/08 http://www.topics.or.jp/Old_news/n000908.html
  9. 医師、薬量読み違え 埼玉医大、医療ミスで高2死亡 /埼玉 (2000/10/11)[朝日新聞社]2000/10/12 東京朝刊 地方版 埼玉D面 T001012MSMD-11
  10. 男児10人に精神安定剤、川崎の薬局が誤り販売−−5人が入院 (2000/11/14)[毎日新聞社] 2000.11.14 東京夕刊 10頁 社会 (全464字)
  11. 薬局が処方の10倍調剤 女児が一時入院 (2000/11/16)[河北新報] 2000/11/16http://www.kahoku.co.jp/NEWS/2000/11/20001116J_14.htm
  12. 会津若松の薬局、抗てんかん薬を調剤ミス 6歳女児が一時こん睡=福島 (2000/11/16)[読売新聞社] 2000.11.16 東京朝刊 30頁 (全990字)
  13. 琉球大病院で調剤ミス 薬10倍渡す 服用の乳児は一時入院/沖縄 (2000/11/28)[読売新聞社] 2000.11.28 西部朝刊 34頁 (全491字)
  14. 1字違いの劇薬を入力、誤投薬後に患者死亡 富山・高岡市民病院 (2000/12/04)[朝日新聞社]00/12/04 東京朝刊 39 頁 1社面 T001204M39--05
  15. 県内の二薬局で調剤過誤発生 (2000/12/12)[新潟日報]12月12日(土曜日)http://www.niigata-inet.or.jp/nippo/bak/98/bak1212.html
  16. 相馬総合病院の死亡事故 看護婦が確認を怠る (2000/12/16)[河北新報] 2000年12月16日土曜日 夕刊http://www.kahoku.co.jp/News/2000/12/20001216J_04.htm

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◆ 素人のためのコンピュータ講座 藤竿伊知郎,2006年6月
◆ リスクを減らす情報技術 藤竿伊知郎,2008年6月

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