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薬害防止政策についての提言

社会薬学研究会第16回総会 (1997年9月27日)

西 三郎、片平洌彦、清水洋二、須藤京子、高橋 文、
立岡雅子、丹生淳郷、藤竿伊知郎、宮地典子、牟田 静
(社会薬学研究会薬害防止対策委員会)


はじめに
1.薬害防止のための行政への提言
2.薬害防止のための製薬企業への提言
3.薬害防止のための医療・研究・教育機関のありかたについての提言
4.薬害防止のための監視機構設置
おわりに


はじめに

 社会薬学研究会の要請を受け、標記の会員により1996年8月に委員会を組織し、薬害防止政策提言を社会薬学の視点でまとめた。まとめるにあたり、国・医療団体・学会・被害者団体等の動向等を検討し、薬害防止政策提言を「行政」「企業」「医療・研究・教育機関」「監視機構設置」の4項目についてまとめた。項目ごとに提言とその理由を述べる。

引用した報告は

  1. 厚生省「医薬品安全性確保対策検討会最終報告書」(1996)(以下「森報告」という)、
  2. 薬害等再発防止システムに関する研究会「薬害等再発防止システムに関する研究(中間報告)」(1997.4)(以下「NIRA報告」という)(1996年に薬害エイズ事件の反省から菅厚生大臣(当時)が総合研究開発機構[NIRA]に委嘱した研究)、
  3. 全国保険医団体連合会、大阪府保険医協会、TIP誌(医薬品・治療研究会)「医薬品の有用性評価・薬害防止・高薬価の是正のための提案」(1996.6.24厚生大臣に提出)(「正しい治療と薬の情報」11巻9号、1996年9月)(以下「保団連報告」という)、
  4. 行政改革委員会「行政関与の在り方に関する基準」(1996.12.16総理大臣に提出、以下「行革基準報告」という)である。

なお、今回引用しなかったが、薬害防止対策についての提言として委員会が入手したものは、上記の他、東京HIV訴訟原告弁護団「薬害再発防止についての提言」(1997年3月)がある。

1.薬害防止のための行政への提言

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1-1. 薬害防止のため、国の責任を明確化し、有効かつ安全な医薬品を供給する責任が国にあることを明確にし、その義務を果たすこと

 「NIRA報告」の「提言3:厚生省の果たすべき役割」に「国民が自己責任の下に判断や選択ができるように」とある。この表現は、十分なインフォームド・コンセントの下での医療行為が社会的慣習として確立されていない現状では責任回避の根拠になることから、賛成できない。具体的に、医薬品の開発(前臨床試験、臨床試験)・承認(審査)・市販後監視(再評価、使用規制、承認取消、回収)に至る全過程において厚生省が責任を持っていることを明確に規定する。

1-2. 臨床試験における国の責任を明確にし、臨床試験は「許可制」とすること

 法文に厚生省の審査を受け許可を得た後でなければ臨床試験を行ってはならないことを明記する。審査体制を一本化し、科学的で公正な審査を厚生省内部で行う。医療機関の治験審査委員会に被験者またはその立場を擁護する人を任命する。

1-3. 厚生省は、医薬品に関する審査の内容を、患者のプライバシーに係わることを除き、全面的に公開にすることを法規定とすること。また、公開できない情報を所定の手続きにより開示できることを法規定とすること

 本提言についての説明は2-1に述べる

1-4. 厚生省の副作用モニタ−制度と副作用被害救済制度をそれぞれ強化すると共に、2つの制度間の交流をはかり、相互に役立つようにすること

 「NIRA報告」の「提言4」に「国民の生命と健康に係わる情報体制の強化と完全公開」とある。わが国における副作用報告は欧米に比べ少ないと指摘されており、厚生省の「医薬品副作用モニタ−制度」(1997年度より「医薬品等安全性情報報告制度」と改称)に法的根拠を持たせて強化し、情報収集・解析・提供の態勢を確立する。一方医薬品副作用被害救済制度も当初の予測に反し、申請が少ないと言われており、制度の強化が必要である。

 これら2つの制度は、現在のところ、切り離された形になっている。患者のプライバシ−確保に留意しつつ、この2つの制度間の交流をはかり、副作用被害救済制度で得られた情報を薬害の防止に、また副作用モニタ−制度で出された報告を個々の被害者救済に役立てる制度を確立する。

1-5. 学際的・総合的な国立薬害問題研究所を設置すること

 「森報告」には健康被害が続いて発生したことが述べられ、行政を含め関係者の役割、今後対策を講ずべき事項等の具体的提言をしている。これまで、薬害の発生の度に薬害対策を講じているにもかかわらず、次々に薬害による被害が発生している事実からみて、薬害根絶のため、薬害問題自体を研究課題として取組む専門研究所の設置の必要性がある。そこで、自然科学と社会科学を総合した学際的な国立薬害問題研究所の設置を提言する。

1-6. 厚生官僚の製薬企業及び関連団体への天下りを全面的に禁止すること

 「NIRA報告」の「4−3厚生省の果たすべき役割」の中で「厚生官僚の製薬企業や関連団体へのいわゆる天下りを全面的に禁止する」とあり、賛同する。

 厚生官僚と企業・関連団体との癒着が薬害発生や放置の要因になっていると指摘されているにもかかわらず、天下りが後を断たない。個人の職業選択の自由よりも、薬害を根絶することを優先すべきである。

1-7. 製薬企業及び関連団体からの政治家・政党への政治献金を全面的に禁止すること。

 この点についてはいずれの報告にも触れていないが、「献金」という形で企業と政治が金銭的な関係を持つのは、献金企業の優遇等の「見返り」を期待することになり、ひいては薬害対策にも「手ごころ」が加えられることになりかねず、全面的に禁止すべきである。

2.薬害防止のための製薬企業への提言

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2-1. 製薬企業は、医薬品にかかわるすべての情報を公開又は開示すること

 一般に、民間企業の設立目的は、製品やサービスを通じて利益を上げることを第一義としている。従って、企業は、設立目的を達成するために、世論の圧力や法的規制がなければ手段を選ばないことは、歴史的にも明らかにされている。現状では、多くの民間企業は企業目的にとって不利益と判断される情報を公開せず、あるいは投資を極力抑制する傾向にある。

 医薬品の研究開発・製造・供給は民間製薬企業によって行われており、基礎試験から臨床試験・市販後調査などのすべての段階の情報は、製造承認を受けるために必要な範囲の資料は、厚生省に提供されてはいるが、大部分が企業の手にある。医薬品による副作用や薬害の発生防止において、当該医薬品の全ての情報が公開され、一部専門家以外の多くの国民の評価を受けることが重要である。

 医薬品開発にあたり研究及び医薬品の普及に必要な範囲内で、被験者のプライバシーを保護した不連結・匿名にした結果を発表することの承諾を予め得るよう努力する必要がある。なお、個人のプライバシーにかかわる内容を含んでいて一般公開することが妥当でない情報に関しては、当該個人の同意を得て開示すること。この様な情報の開示は、独占的に当該医薬品を製造販売する権利を付与される代償として当然課されるべき義務である。企業が情報公開を拒否、隠蔽あるいは速やかに応じないときは、当該企業名等の公開と同時に罰則を適用する。

 情報公開の対象範囲外のものとして、臨床試験あるいは市販後調査等における患者個人の氏名その他患者のプライバシ−に関する事項を定めるなどの配慮は必要である。

2-2. 製薬企業の行動を社内、社外、労働組合により監視する体制を設けること

 動燃事故の教訓にもみられるように、当局と経営者、労働者(組合)が一体となって事故の隠蔽にあたったことは、自浄作用の機能しないところに事故が再発することを物語っていは、企業に自浄作用を期待するこる。現状でとが困難であることより、制度的に規制する必要があると思われる。

 一つには、企業行動の監視役としての監査役を利害関係の全くない社外から複数選任することを義務づける。社内監査役は、社長や会長から選任される社員であるから、会社の不都合を指摘することを期待できない。社外監査役であれば、十分とはいえないまでも客観的に常識的に判断できる可能性がある。

 二つ目は、薬害や事故発生の責任を代表取締役社長個人ではなく監査役を含む取締役全員の共同責任とする。共同責任とすることにより、取締役相互の牽制が働き、責任のがれの裏返しとしての機能が働くことが期待できる。

 三つ目は、労働組合の経営からの自立を保証することである。法的には労働組合の諸権利が保証されているが、製薬企業では経営から自立した労働組合は極めて少なく、経営と一体となって事故隠しや企業の利益を代弁しているのが大勢である。副作用や薬害発生の可能性に最初に接する機会のある研究者・技術者、開発担当者、MRなどの労働者が、事実を発見したときそれを表明できる権利が保障されていなければならない。

 製薬企業のみに労働組合の経営からの自立を保証する制度をつくることは、法的に困難である。しかしながら、製薬企業現場での労働安全衛生面での指導の例のように、厚生省と労働省の連携により製薬企業労働者・労働組合の権利を保障する手段を講ずることは可能であると思われる。

2-3. 製薬企業内における各段階での信頼性を保障する責任ある内部体制を整備すること

 新薬の研究開発・製造・供給に当たっては、GLP(基礎研究)、GMP(製造)、GCP(臨床試験)GPMSP(市販後調査)などの各段階において法的規制がなされている。医薬品の製造承認や再評価に当たっては、これらの指針や法的要件が満たされなければならない。しかしながら、現実にこれらの規制がありながら重篤な副作用や薬害が発生している。

法的規制については別項に譲り、ここでは企業の内部体制の整備を提案する。

 一つには、デ−タの信頼性を保証する部門として「品質保証部門」(QAU)が設置されているが、一般的には極めて権限が小さい。社内デ−タの信頼性を保証する当該部門の最高責任者として取締役を配置し、責任を強化する。

 二つ目には、わが国の製薬企業の研究開発責任者には医師が少ないのが現状である。
臨床経験を有する医師を研究開発部門の責任者として採用することにより、基礎試験の臨床への推定や臨床試験の解釈などが社内で容易になり、副作用や薬害発生を未然に防止する体制に寄与できる。

2-4. 厚生官僚の製薬企業及び関連団体への天下りを全面的に禁止すること

2-5.製薬企業及び関連団体からの政治家・政党への政治献金を全面的に禁止すること。

 これらについては、行政への提言に記したが、企業に直接かかわることであり、ここに再度記して、その必要性を強調しておきたい。

3.薬害防止のための医療・研究・教育機関のありかたについての提言

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3-1. 医療機関に対し、医薬品等に係わる情報を実質的に利用可能な形で、国及び製薬企業が提供すること

 医療機関に対して、「森報告」の「2 医薬品の安全性にかかわる各関係者の役割 (2) 医療機関・医師等」に示されている「薬害防止における医療機関・医師等の役割」に賛同する。なお、このことを医療機関・医師が遵守できるよう、製薬企業及び厚生省は、医薬品に関する情報を提供するのみでなく、医療機関側が情報の必要の有無、適否の判断が可能になるよう医薬品に関する情報の公開が必須である。

3-2. 臨床薬理学の確立等、科学的な診療条件を整備し、関連科学の研究・教育を充実させること

 「NIRA報告」の第3章で「薬害エイズの構造分析3−2環境要因<医療現場>(臨床薬理の情報や知識を軽視する医学教育)」と指摘しながら、「提言6:医療・投薬の適正化」では経済的動機の薬価差益を主に指摘し、治療法に関して標準治療法を定めるとあるのみで、臨床薬理学に基づく科学的な診療条件を整えることには触れていない。このことは、「森報告」にある「医師による副作用の報告」が少ない事実を解明し、具体的な対応策を早急に実施するために特に重要である。また、「一定範囲内での使用方法」が現実に守られていない事実に対し、その背景にある、医療における個別対応のために生じる技能的な側面と、多くの医師に見られる経験至上主義、非科学的な方法による診療の実態等の解明を含めて早急に検討し、日常診療において科学的な対応ができる条件を整える必要がある。

 薬学の分野では、医療薬学の充実がはかられはじめているが、これと共に、薬剤疫学・社会薬学等関連科学の研究・教育の充実が必要である。

 「NIRA報告」の「提言2:産官学医の関係のあり方」にある次の提言に賛同する。「産官学間の共同研究等は、関係者の権利義務を明確にするため、一定期間後の公表を前提とし、金員の関係を明示した契約書によるよう法制化した上、推進する。これに違反して、製薬企業から金品の提供や便宜を受けた医師や大学の講座・研究室、学会、研究会ならびにこれらに属する者は、懲罰の対象とする。」

そして、これと同時に、大学・研究所の貧弱な予算を抜本的に改善することが必要である。

3-3. 医療関係者に対する実効のある教育研修を充実すること

 「森報告」の「2.−1−(5)医療関係者に対する教育研修の充実」は、卒前・卒後教育でのインフォ−ムド・コンセントや臨床薬理学等の充実等、重要な指摘をしているが、従来から実施している教育研修方法のみでは、日常診療における医療水準の向上は限られた範囲にとどまり、広く利用者が医学医療の成果を享受することはできていない。医療関係者に対する教育研修の責任の所在を明らかにし、そこでの厚生省及び医学界の役割を明確にし、適正な医療水準とは何かを含め具体的な方法の検討が必要である。

 具体的に、「NIRA報告」の「3−3 各主体の体質<医療現場>(臨床薬理の軽視と副作用情報に対する認識の欠如)」に賛同し、臨床薬理学等の研修、「提言1:患者中心の医療の確立」にある「患者の権利法」を含め人権尊重の基本を前提とした教育研修を行わなければならない。

4.薬害防止のための監視機構設置

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4-1. 薬事行政を監視する公的な監視機構を設置すること

 「明治憲法下において行政権による人民の権利の司法的救済制度は極めて不備のまま何等改革される所はなかった。」(田中二郎ら編『行政法講座第一巻行政法序論』綿貫芳源「行政法の歴史」有斐閣,1953.)とあり、戦後の新憲法下で行政の形式に大きな転換がもたらされ基本的人権の尊重を主眼とする改革が施された。しかしながら、「この様に変貌した行政法の下で、伝統的な行政権優位がなお彷彿されているとはいえず、・・」(『同序論』俵静夫「行政と基本的人権」)と述べている。このことの例として、行政による誤りが直ちに国民の生命と健康に(時には重大な)影響を与える薬事行政の分野においても、これまでに多くの薬害事件が繰り返されてきたことが挙げられよう。薬害エイズ事件においてこれまでに解明された事実からも、薬害防止のためには国民の立場による薬事行政の監視機構設置が必要なことは当然のことといえよう。

 「行革基準報告」は、官主導の経済・社会システムの見直しをねらった報告であり、本主題に沿った内容とは言えない。

 しかし、そこには「c.政府の失敗」に「(a)政府活動の不完全性 (b)チェック機能の不足」を述べ、「論点整理2..基本理念 2.基本的視点(7)規律形成、審査の在り方 C.チェック機関・監視機関の在り方」に「○情報提供・ルール作りという役割と、監視者の役割を同一の機関(官庁)が担ってしまうと、弊害も生じやすくなることからルール作りの機能と監視の機能は主体を分ける必要がある。○チェック機関としての第三者機関が有効であるためには、十分な権限を持つこと、中立的な第三者によって運営されることが必要である。特に、行政に対して異議を持つ個人・法人が直接異議を申し立てできること、行政に必要な情報を提供させる権限を持つこと(当該情報を公開すべきか否かの判断自体を第三者機関が持つこと)、所管官庁などとの人事交流を行わないことが重要である。(b)その他の要件○審議会を含むチェック機関について、多重的なチェックのための複数機関の設置を含め充実・改善するかどうかは、そのために必要となるコストの兼ね合いが重要であるが、今や、日本の社会は成熟化したので、コストを惜しんではならない。」と述べている。

これらは、薬事行政を監視する公的な監視機構に適用できる。

 薬事行政を監視する公的な監視機構の設置については、「保団連報告」に「医薬品監視機構」の提案が盛り込まれ、「政府による治験の審査と監視、医薬品の承認審査、再評価を監視する」等の目的・任務を持ち「薬害被害者・消費者・マスコミ等の推薦による人で構成し、資金は製薬企業の拠出によるが、政府・企業とは人的にも資金的にも独立した組織とする」とある。我々は、この「医薬品監視機構」の設置提案にはsとした点を除いて賛同する。企業が推進する医薬品の監視を公的な立場で公的に行うには、企業の拠出金ではなく、国民の税金による公的資金によって行うべきである。

 医薬品開発過程に監査制度を設けるという考えは、「NIRA報告」の「4−5医薬品の厳格な審査制度の実現」のなかで(医薬品の開発においては)「各段階の評価や審査に関与しない、中立的な立場にある専門家による監査等の導入を新たに図るべきである」と提言している。

 いずれにせよ、薬害を防止するための公的監視機構が早期に設立されるよう、政府は早急に検討を開始すべきである。

4-2. NPO(非営利団体)的な民間の薬害監視活動にたいし、国は、活動の助成等の援助をすること

 民間の薬害監視機関としては、例えば、1997年6月に発足した「薬害オンブズパ−スン会議」がある。この会議は、弁護士、医学薬学研究者、市民等約20名で構成され、薬害に関する情報を収集、調査分析、提供するとともに、厚生省、製薬企業、医療機関等に対し、薬害を防止するために必要な対応をとるように働きかける活動を行っている。このような活動はまさに公共性の高い、NPO的な活動であり、政府は活動の助成や税制面での優遇等の施策を考えるべきである。

おわりに

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 限られた期間内で、広範囲な提言をすることは困難なため、薬害防止政策提言を「行政」「企業」「医療・研究・教育機関」「監視機構設置」4項目についてまとめた。今後は、さらに研究会としてこれらの提言項目及び提言内容を広く検討し、薬害が発生しない社会に作り替えるために貢献することを期待して、社会薬学研究会薬害防止対策委員会報告報告「薬害防止政策についての提言」を終わる。

謝辞:本研究は「高知スモン基金」の援助を得て行った。ここに記して謝意を表します。

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