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薬害イレッサ:大阪地方裁判所判決要旨

2011年2月25日

大阪地方裁判所で言い渡された判決要旨です。匿名原告については氏名を消しています。


平成16年(ワ)第7990号,平成17年(ワ)第2207号,
平成17年(ワ)第3935号,平成17年(ワ)第7426号 各損害賠償請求事件

【主文の骨子】

  1. 被告アストラゼネカ株式会社は,原告  に対し,1485万円,原告  ,原告  及び原告  に対し,各495万円並びに各金員に対する平成14年10月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  2. 被告アストラゼネカ株式会社は,原告  に対し,1485万円,原告  ,原告  及び原告  に対し,各495万円並びに各金員に対する平成14年12月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  3. 被告アストラゼネカ株式会社は,原告清水英喜に対し,110万円及びこれに対する平成14年11月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  4. 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

【判決理由の要旨】

※下線部が骨子である。

1 イレッサの有効性

 イレッサの有効性は,平成14年7月の輸入承認時及び現在のいずれにおいても、肯定することができる。

(1)承認時の有効性

 平成14年7月時点においては,承認前に比較試験が実施されることは不可欠ではなく,腫瘍縮小効果(抗腫瘍効果)を代替評価項目として有効性を評価するとされていたことには合理性があった。

 セカンドラインの患者を対象としたイレッサの治験の結果は,非小細胞肺がんの標準的治療薬よりも劣るものではないと評価されるものであり,その当時の知見によれば,ファーストラインにおいても治療効果が得られると予測されたから,平成14年7月当時としては,ファーストライン及びセカンドラインの治療におけるイレッサの有効性を肯定することができる。

(2)現在の有効性

 輸入承認後のファーストライン及びセカンドラインの治療の有効性を検証する臨床試験や研究により,標準的治療薬に対する全生存期間に関する非劣性ないし無増悪生存期間に関する優越性が証明され,QOL改善などでは有意に上回る結果が示された。また,EGFR遺伝子変異陽性の患者に対する治療効果は,従来の抗がん剤を大きく上回るものであった。

 したがって,現在においても,ファーストライン及びセカンドラインの治療におけるイレッサの有効性を肯定することができる。

2 イレッサの輸入承認時における間質性肺炎等についての認識可能性

 平成14年7月のイレッサの輸入承認当時,治験その他の臨床試験の結果等から、死に至る可能性がある間質性肺炎等を発症する危険性についての認識可能性があった。

(1)イレッサの作用機序,非臨床試験結果からの認識可能性

 イレッサにより肺胞細胞の正常な修復機能が阻害されるという理論的可能性自体は否定できない。しかし,イレッサの作用機序や非臨床試験の結果から,承認当時,イレッサにより間質性肺炎発症の可能性があったことを予測できたということはできない。

(2)治験その他の臨床試験の結果等からの認識可能性

 国内の臨床試験において間質性肺炎を発症した3例は,いずれも承認用量の2倍の量を投与した症例であり,承認された用量での発症例はなかった。しかし,承認用量の2倍の量の投与により発症した症例があり,また,海外の副作用報告中に,承認用量の投与を受けた症例で間質性肺炎との確定診断を受け,イレッサとの因果関係が否定できないものが数例あったのであるから,海外の副作用報告の多くに証拠価値上問題があることを考慮にいれたとしても,承認用量で投与したときに間質性肺炎が発症する可能性を否定することはできないというべきである。

 前記3例の間質性肺炎は,従来の抗がん剤による間質性肺炎と比べて,致死的ないし重篤なものであったとはいえないが,一般的には,薬剤性間質性肺炎により死に至る可能性があるとされていた。また,海外の副作用報告からは,承認用量のイレッサの服用によって発症しうる間質牲肺炎の重篤性を的確に把握することは困難であったといわざるを得ないが,間質性肺炎によって死に至った症例がみられ,国内臨床試験の評価と矛盾するものではなかった。

 したがって,その当時の知見によれば,イレッサにより間質性肺炎が発症し得ること及びそれにより死に至る可能性があったことの認識可能性はあったと認められる。

3 イレッサの有用性

 イレッサは,平成14年7月の輸入承認時及び現在のいずれにおいても,また,セカンドライン及びファーストラインのいずれにおいても,その有用性を肯定することができる。

(1)輸入承認時の有用性

 イレッサによるセカンドラインの治療においては,従来の抗がん剤に劣らない有効性があり,ファーストラインの治療においても,従来の抗がん剤による治療と同程度の治療効果を期待できるものであり,従来の化学療法で治療効果を得られなかった患者に対しても治療効果を得られることがあった。

 イレッサには,従来の抗がん剤における重大な副作用とされる血液毒性がみられず,QOLを害する副作用(嘔吐や下痢)などの発症頻度はそれほど高くなく,その症状の程度も比較的軽度であった。イレッサによって発症しうる間質性肺炎の発症頻度や重篤度は,治験の結果や副作用報告などを慎重に評価したとしても,従来の抗がん剤と同程度とみるのが相当であった。

 したがって,輸入承認当時,イレッサは,セカンドラインだけでなくファーストラインの治療においても,有効性に比べて危険性が上回るとはいえないから,有用性が認められる。

(2)現在の有用性

 イレッサは,輸入承認後のファーストライン及びセカンドラインの治療の有効性を検証する臨床試験において,標準的治療薬に対する全生存期間に関する非劣性ないし無増悪生存期間に関する優越性が証明されただけでなく,従来の化学療法で治療効果を得られなかった患者に対しても治療効果を得ることができた。また,EGFR遺伝子変異陽性の患者に対する治療効果は,従来の抗がん剤を大きく上回るものであった。

 他方,イレッサによって発症する間質性肺炎は,従来の抗がん剤よりも重篤又は致死的なものであり発症頻度も高いが,副作用死亡率自体は従来の抗がん剤と大きく異なるものではない。

 そうすると,ファーストライン及びセカンドラインのいずれにおいても,イレッサの有効性に比してイレッサの危険性が上回るとはいえないから,イレッサの有用性を認めることができる。

4 被告会社の責任

 被告会社は,少なくとも第1版添付文書の重大な副作用欄の最初に間質性肺炎を記載すべきであり,イレッサとの関連性が否定できない間質性肺炎が致死的転帰をたどる可能性があったことについて警告欄に記載して注意喚起を図るべきであった。そのような注意喚起が図られないまま販売されたイレッサは,抗がん剤として通常有すべき安全性を欠いていたものといわざるを得ず,平成14年7月当時のイレッサには,製造物責任法上のいわゆる指示・警告上の欠陥があったと認められる。

(1)いわゆる設計上の欠陥(製造物責任法第2条2項)について

 前記のとおり,イレッサには,輸入承認時及び現在のいずれにおいても,また,セカンドライン及びファーストラインのいずれにおいても,その有用性を認めることができるから,製造物責任法上の設計上の欠陥があるということはできない。

(2)いわゆる指示・警告上の欠陥(製造物責任法2条2項)について

 製薬会社は,イレッサを安全かつ適正に使用するために必要な情報を,医療現場においてこれを使用することが想定される平均的な医師等が理解することができる程度に提供(指示・警告)しなければならない。

 当該医薬品を安全かつ適正に使用するために必要な情報(指示・警告)が提供されたか否かは,添付文書に記載された内容を中心に判断するのが相当である。もっとも,製薬会社は,医師等に対し,添付文書に記載された情報を補完するため,様々な方法で情報提供を行うことがあり,医師等は医学雑誌等から情報を得ることもあるから,指示・警告上の欠陥の判断においては,添付文書の記載を中心としつつ,副次的に,医師等に対して提供された情報の内容をも考慮するのが相当である。

 ア 第1版添付文書における指示・警告上の欠陥について

 平成14年7月当時においては,医療現場の医師等は,分子標的治療薬についての理解は十分ではなく,医学雑誌等から情報を得るほかない状況にあった。そして,必ずしも肺がん化学療法についての十分な知識と経験を有するとは限らない医師等がイレッサを使用することが予想され,また,イレッサは,患者が自宅で服用することができる経口薬であったため,薬事・食品衛生審議会で危慎されたとおり,副作用に関する警戒を十分にしないまま広く用いられる危険性があったといわざるを得ない。

 他方,イレッサとの関連性が否定できない間質性肺炎が致死的な転帰をたどる可能性があったことは否定できず,従来の抗がん剤と同程度の間質性肺炎が発症する可能性はあるということが判明していた。

 このような状況において,被告会社は,その関与による情報提供(プレスリリースやホームページ)において,ZD1839(イレッサ)の副作用は軽度から中等度の皮膚反応や下痢にとどまるなど,副作用が少ないことをZD1839の特筆すべき長所として強調する一方,間質性肺炎の発症の危険性を公表していなかった。

 厚生労働省の通達は,副作用の記載について,内容からみて重要と考えられる事項は前の方に配列することとしており,また,警告欄は,副作用が発現することが明らかになっている場合に限らず,致死的な副作用が発現する結果極めて重大な事故につながる可能性があると考えられる場合で,かつ特に注意喚起をする必要がある場合であれば,その記載をすることができ,イレッサとの関連性が否定できない間質性肺炎を警告欄に記載することについて支障はなかった。

 そうすると,被告会社は,少なくとも第1版添付文書の重大な副作用欄の最初に,間質性肺炎を記載すべきであった。また,イレッサとの関連性が否定できない間質性肺炎が致死的な転帰をたどる可能性について警告欄に記載して注意喚起を図るべきであったから,そのような注意喚起が図られないまま販売されたイレッサは,抗がん剤として通常有すべき安全性を欠いていたものといわざるを得ず,平成14年7月当時のイレッサには,製造物責任法上の指示・警告上の欠陥があったと認められる。

 イ 第3版添付文書における指示・警告上の欠陥について

 平成14年10月15日,第3版添付文書の内容が改訂され,急性肺障害,間質性肺炎についての警告欄が設けられたほか,重要な基本的注意欄に間質性肺炎に関する記載が追加され,重大な副作用欄の最初に急性肺障害,間質性肺炎が記載された。併せて,同日,医療関係者に対して緊急安全性情報が配布された。

 これらの措置により,イレッサにより発症しうる間質性肺炎の危険性を現場の医師等が誤解なく理解することが可能となったと認められる。したがって,平成14年10月15日当時のイレッサには,製造物責任法上の指示・警告上の欠陥があったということはできない。

(2)いわゆる広告宣伝上の欠陥,販売指示上の欠陥等(製造物責任法2条2項)について

 原告らが指摘する被告会社がしたイレッサについての情報提供等は,いずれも薬事法にいう「広告」に当たらず,また,市販直後調査が実施されたことや,その当時の医学的,薬学的知見に照らせば,使用限定を付けなかったことをもって,イレッサが通常有すべき安全性を欠いたと認めることはできない。

(3)不法行為責任について

 平成14年7月の輸入承認当時,イレッサの有用性を認めることができるから,被告会社について,有用性を欠く医薬品を販売したことによる過失があったと認めることはできず,その他,適応拡大による過失,広告宣伝による過失,販売上の指示(使用限定等)を怠った過失等による不法行為責任は,その前提を欠き,いずれも認められない。

 死亡した3名のうち2名の患者及び1名の原告の関係においては,製造物責任法に基づく責任が認められるから,販売開始前後の過失責任を問題とする余地はなく,その余の死亡した1名の患者については,イレッサ服用開始前に必要な安全性確保のための措置がとられたのであるから,販売開始前後のいずれの過失責任も認めることはできない。

5 被告国の責任

 平成14年7月の輸入承認当時,イレッサの有用性を認めることができ,また,輸入承認前後の安全性確保についての被告国の対応が著しく合理性を欠くものとは認められないから,被告国には,イレッサの輸入を承認したことや承認前後に必要な安全性確保のための権限を行使しなかったことについて国家賠償法上の違法はない。

(1)有用性がないにもかかわらずイレッサの輸入を承認した違法等

 前記のとおり,平成14年7月の輸入承認当時,イレッサの有用性を認めることができるから,被告国には,有用性がないにもかかわらず輸入を承認した違法はない。

(2)安全性確保措置をとらないまま承認した違法ないしその措置をとらなかった違法

 厚生労働大臣が,被告会社に対し,輸入承認時までに,添付文書の重大な副作用欄に間質性肺炎を記載するよう行政指導をしたにとどまったことは,必ずしも万全な規制権限の行使であったとはいい難い。

 しかし,厚生労働大臣は,間質性肺炎を「重大な副作用」欄に記載しただけでは,間質性肺炎に関する警戒がないままイレッサが広く用いられ,死亡を含む重篤な副作用が発症する危険が具体化することを,高度の蓋然性をもって認識することはできなかった上,被告会社は,承認審査の過程で,副作用として間質性肺炎を添付文書に記載することに消極的な態度を示していた。また,厚生労働大臣が行う添付文書の記載に関する行政指導については,製造物責任法上の指示・警告上の欠陥の判断方法とは異なり,添付文書の記載と薬事法令及び通達との適合性のみを判断する方法を採るべきであるとの考え方もあった。

 したがって,当時の医学的,薬学的知見のもとにおいては,厚生労働大臣がとった措置は,一応の合理性を有し,その許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くものと認めることはできないから,原告らの主張には理由がない。使用限定を付さなかったことや全例調査の実施を義務づけなかったことも,著しく合理性を欠いたと認めることはできない。

(3)イレッサの輸入承在役,安全性確保のための権限を行使しなかった違法

 イレッサの輸入承認後にされた副作用報告等に照らすと,厚生労働大臣が,平成14年10月15日に緊急安全性情報を配布するよう被告会社に行政指導を行うまで,イレッサによる間質性肺炎の危険を周知徹底する等の安全性確保のための措置をとらなかったこと及び前記行政指導が,時期及び内容において,その権限の性質等に照らし,許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くものであったと認めることはできない。

6 困果関係

 死亡した3名のうち2名の患者及び1名の原告の間質性肺炎の発症等とイレッサの服用との相当因果関係は認められる。

7 結論

 イレッサについては,平成14年7月のイレッサの輸入承認当時,製造物資任法上のいわゆる指示・警告上の欠陥があったと認められるから,被告会社には,主文のとおり,死亡した3名のうち2名の患者の遺族である原告ら及び1名の原告に対し,精神的苦痛を慰謝すべき義務がある。

 その余の死亡した1名の患者との関係では,イレッサには指示・警告上の欠陥等はなかったというほかはなく,したがって,その遺族である原告らの請求には理由がない。

 被告国については,イレッサの輸入承認に関し,国家賠償法上の違法を認めることができないから,原告らの請求には理由がない。

以上

2月25日大阪地裁判決要旨 | 薬害イレッサ弁護団

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